現場コラム【訪問介護の仕事から】 -3-
訪問介護の仕事と家政婦の違い
訪問介護の仕事をしていると、家政婦さんの仕事と何が違うのかと戸惑うこともよくあります。
あるとき、要支援の認定を受けている一人暮らしのAさん宅に、掃除をするために伺いました。先週もそのお宅で、利用者が指定するやり方でトイレやお風呂、居間の掃除をし、今回も同様の業務で伺ったのでした。
「こんにちはAさん、調子はいかがですか」と私が利用者に声をかけます。Aさんは先週の業務をした私を確認するなり、「おや、前回の人だね。ちょっとこっちに来て」と、私をトイレに誘導します。トイレの便座を指すなり、「あんたがこの前、掃除したら隅が黒くなってしまったよ」としきりに便座の奥の隅を指し、何回も同じ事を私に訴えます。思いもよらぬ“クレーム”で、私は慌てるやら、頭の中が真っ白になるやらで、いきなりカウンターパンチを喰らった恰好です。
前回、私がAさん宅のトイレを拭いたときには、便座は経年劣化によって、明らかに黒ずんでいたのです。こんなに汗びっしょりになって拭いているのに、なんで私が…という理不尽さや無念さで半べそをかきながら、その時はいつも以上にトイレを磨きました。終了後、「Aさん、いつも以上にトイレを磨きました。何か不都合があったら、また教えてくださいね」と、ほうほうの態で帰ってきてしました。
後から考えてみると、私の対応にちょっと問題があったようです。
Aさんは、白内障で目が良く見えないとふだんからこぼすことが多く、トイレの便座の状態もはっきり見えているのかおぼつきません。そのAさんが、私のせいで「黒くなった」と何故、繰り返し訴えるのか。その訴えの裏を読むのが、私の役目だったのです。一人暮らしの寂しさや不安からなのか、体調不良からなのか、何かのサインだったとも考えられます。それを冷静に受け止められず、慌てふためいてしまった私なのでした。「黒くなった」と言うAさんへの対策として、どのように掃除したら解決するのか、一緒に話をしながら進めるというのも一策だったでしょう。
私はAさんのお宅をきれいに掃除するということを第一の目的に据えていましたが、今は、訪問介護の本当の役目は少々違うのではないかと考えています。自分で困難な事を代行するのはもちろんですが、利用者を見守る姿勢がもっと大切だと思うのです。「掃除代行」を第一の役目とするなら家政婦さんや家事代行サービスの方が適当でしょう。介護方法やその理念教育を受けた者なら、利用者の真に訴えたい事や残存機能を活用する自立支援を優先するべきと。
しかし、利用者は訪問介護者を「単に家事サービスをやってくれる人」と受け止めがちですし、世間でもそう思いがちです。訪問介護者はこのジレンマに直面し、悶々としてしまう人も少なくありません。だから余計に、利用者の生活の質(QOL)を守り、生活動作(ADL)を支援していく役目を担うという自負の姿勢が必要なのだと考えた顛末でした。
その後、この利用者の同様の訴えの時は、利用者と解決策の話をしながら一緒に進めるようになりました。現在、その便座の黒ずみは未だ残っていますが、「きれいになった」と安心してもらえるようになりました。